落書きとメディア

『SFCはウェブやメッセンジャーなど、発信できるメディアを個人で持っているから落書きが少ないのではないか』
http://web11.sfc.keio.ac.jp/~t03532yw/mt/

ARTIFACTより。


自分が社会心理学においてやってみたいこと*1とちょっとかぶっているかな、と思ってなにか書いてみることにします。


メディア云々の前に「学校が新しくてきれいでみんなが落書きしてない」から落書きが少ないのではないかと。


人が規範にそってある行動を行う際には、直接にそれを命じる『命令的規範』が存在するからだけではなく、まわりのたいていの人がしている、という認知から、『そうすべきだ』という『記述的規範』が発生する、という『命令的規範・記述的規範』という理論があるそうです。(Cialdini,Kallgren,&Reno 1991)

『落書きをするな』という決まりがある → 命令的規範
『みんなが落書きをしていない』という認知 → 記述的規範

「赤信号みんなで渡ればこわくない」というのは記述的規範が命令的規範を上回っている例だと言えるでしょう。
そんな研究もあったりします。社会心理学ってなにやら妙な雰囲気を出していますね。「ためしてガッテン」みたいだ。
http://homepage2.nifty.com/arimayoshiko/iida.htm


で、『メディア云々』の話しに戻ると、「ほんとにそんなことがあるのかよくわからない」というのが感想です。が、「ゴシップは、マスメディアの情報が不十分で曖昧な時、それを補うために強く流布する」*2のような研究から、落書きを「マスメディアの情報を補うゴシップを提供するもの」と考えれば、インターネットがあればわざわざ落書きという不十分なインパーソナルメディアを使わなくてもより効率的にうわさ話とかの情報発信できるのだから確かにそういう面もあるのかもしれません。でもSFCの学生が他の大学生と比べて特に『ウェブやメッセンジャーなど、発信できるメディアを個人で持ってい』てみんなが活用してる、といえるのかが疑問ですけど。

*1:電子ネットワークにおけるコミュニケーションは、これまでの対人コミュニケーション・マスメディアを介したコミュニケーションなどとはたして異質なのか?異質なのだとしたらどのような特徴を備えているのか?みたいなことを考えてみたいかと今の所考えています。メディア論、マスメディア研究などはいろいろな学問領域で取り上げられている事だと思いますが、「実験的、実証的な方法論をとる」、ということに興味があります。

*2:「デマの流布量は当事者に対する問題の重要さとその議題についての証拠のあいまいさとの積に比例する」(Allport,&Postman 1947)などの研究があるようです。