電通過労自殺事件

電通に就職活動される方は全員読んでおいてほしいです.
http://homepage1.nifty.com/rouben/saiban/000324dentsu.htm

死の直後両親は恋人のMから、被害者A君から聞いた話として、職場のリーダーのSが統轄するS班(数人一の一員であったA君は、班会の飲み会の際に、リーダーのSから、Sの靴にビールをついで無理やリに飲まされ、飲まないと靴のかかとで殴打されたことも一度や二度ではなかったと聞かされて衝撃を受けた。この事実についてはS班長も、A君の自宅でも、また法廷においても「冗談ではあったが・・・」と弁明しつつも、二度も認めている。こうした類のことは電通では日常茶飯事だったらしいが、このような企業の体質のもと無定量の長時間労働が展開されていく。しかし実は、このような企業体質こそ、日本の企業社会の一つの特質なのである。電通事件とは、まさに企業社会の非人間性を象徴するところを弾劾する裁判だった。

被害者A君の父親H氏は、A君の死の真相を追及するため、死の直後からたちあがった。会社の緘口令が敷かれるまでの間に、同僚の社員から、深夜二時の閉門後の退館者については、退館者記録のあることを聞いた。そして全社から、死の直後にA君の深夜退館回数を記載した表を出させていた。

他方会社はH氏の動きを警戒し、失恋自殺説を社の内外に流した。そして社内どころか、ラジオ局、クライアントにまで緘口令を敷いた。そのため今日まで社内には表立った協力者は一人もおらず、A君の仕事の内容はどんなものだったか、その内容を知るためですら協力者はなく、他の広告会社の青年社員から聞き取る以外になかった。

しかしその彼すらも、私たちへの話が終ったあと、突然正座して深々と頭を下げ、どうか自分の名前を協力者として電通に出さないでほしいと懇願した。企業社会日本を象徴することとして、私には生涯忘れがたい印象的な一齣であった。電通王国の巨大な壁は、私たちの前に、大きくたちふさがっていた。

電通のようにタイムカードがなく、残業時間も自己申告制のもとでは、残業が一定時間を突破すると、申告時間を自己規制するため、必然的にサービス残業へと転化していく。残業が長時間化するとサービス残業が量的にも増え、かつ全体の残業時間のなかでのサービス残業の占有率を増加させていく。サービス残業はまた、労働の証拠を残さず、長時間労働も確実に立証できない…

昨日電通社員に「残業時間の申告法は変えたのか」と訊ねたところ,「変えていない.自己申告制のままだ」と言っていました.